風花白雪/A5/132ページ/一冊完結済み/全年齢
(サンプル)
雪の降る夜
彼と出会ったのは雪の降る夜。僕が人生を終えようとしたその日、
深夜の住宅街で静かに光る夜の雪を一心にカメラで撮り続ける男の人が。
とても背が高くて、黒髪が印象的で。
「おい、そんな薄着で何してるんだ」
目が合った彼はそう言って僕を睨みつける。
この雪のなか、僕は白いシャツ一枚だった。
「すみません、撮影の邪魔ですか」
「そうじゃなくて」
彼はそっと僕の頬に触れる。
「冷たいな、朝までそのままでいたら命を奪われるぞ」
そのためにここにいるんだ、なんて言ったら彼はなんて言うのかな。
僕は、必要のない人間だから。
彼の温かい手に、そっと頬ずりをする。
終えようとする命と、生きようとする情熱……まるで正反対だ、彼と僕は。
自宅マンションに僕を招いた彼は雪に冷えきった僕を心配したのか、しばらくすると自分の部屋着を僕に放る。
「風呂に入って、それに着替えろ」
「え、あ、あの……」
「こんな夜に一人、どこにも帰るところがないんだろう? せめて夜明けまではゆっくりして行け」
怖い顔をしている彼だけど、実はすごく優しい人なのかもしれない。
「あ……、ありがとうございます……」
◇
彼のマンションは広く、部屋も複数あってすべての部屋に写真のパネルが飾ってある。それは全て雪の写真で。
「……フォトグラファー久下晴雪(くげはるゆき)って知っているか?」
「ごめんなさい、存じ上げません」
そう言うと彼は初めて笑った。
「まあ、俺の知名度なんてその程度だよな。お前の名前は?」
「みつば、奈月みつば(なづきみつば)です」
彼がそれ以上僕について問わないことに安心した。言えるはずもない、故郷から離れたこの街で、人生を終わりにするためにやって来たなんて。
寝室を借りてベッドに横になる。
煙草の香りがして少し震える。僕を傷つけて来た彼も未成年のくせに煙草を吸っていた。
今日、この世で最後に出会ったのが優しい人で良かった。
◇
朝を迎えて身なりと整える。
居間では彼がソファをベッドにして眠っていた。僕のためにベッドを貸してくれた。寒い思いはしなかったかな。
そっと覗いた台所で彼のための朝食を作る。これはいまの僕に出来る唯一の恩返しだった。
「何をやっているんだ?」
「あっ、す、すみません。勝手に……朝食です。良かったら食べてください」
そうして目玉焼きとトーストを口にする、その所作は美しく育ちの良さが現れていた。
「行くところはあるのか?」
「……はい、大丈夫です。一晩置いて下さってありがとございました」
その時彼は手を伸ばす、そして僕の頬に触れた。
「久下さん?」
「……いや、なんでもない」
◇
そして礼を言って、彼のマンションを出る。
彼に会えてよかった。
そっとマンションを振り向くと、彼の顔を思い出すと涙が出て止まらなくて。
全てはもう、終わってしまった。
僕の人生は。
◇
覚悟を決めたはずなのにいまここで足を踏み出すのを躊躇している。
優しさに触れたからだ、こんな僕でも生きていていいよって言われた気がして。そんなものは、きっとまぼろしに過ぎない。
車の往来激しい交差点。
終わりにするならここだろうか。
赤信号。
なに戸惑ってるんだ、あとはもう一歩踏み出すだけなのに。
そう、一歩を。
「おい!」
トラックはクラクションを鳴らし去っていく。僕は力強い腕に抱えられ歩道に転がった。
「なにを……やってるんだ!」
それは、先ほど別れを告げたはずの人。
「な、なんで……」
「帰るところ、ないんだろう?」
「……」
彼はため息をついて、少し笑った。
「死を選ぶくらいなら、帰るところが見つかるまで俺の家にいればいい。部屋はあまっているから」
「そんな……」
お荷物にしかならない、こんな僕を?
「ほら、帰るぞ」
彼はそう言うと、僕の手をひいて歩き出す。
それは出会いの翌朝のこと……路肩にはまだ、昨日の雪が残っていた。
(つづく)