2022年8月18日木曜日

無音の縁/A5/48ページ/一冊完結済み/全年齢

 


(サンプル)


   ◎白骨画家◎



「ねえ、君は大河の描いた噂の新作を見たかい? いままでこの世の闇をぼんやりと淡く描いている二流画家だと思っていたが、仰天したよ。最近の作品は最早、芸術の域だね。しかし彼の絵にモデルが実在すると言うのも問題だ、一体どうしてあんなに美しくも痩せ細って」

「それは全て白骨画家、大河の妄想から出来上がったものだと聞いたがね。彼の調教が名もなきモデルの運命を変えた。なに、元々美しい人だったのだろう」


 若き画家、大河詩情(たいがしじょう)の個展は盛況だった。展示されているのは世間に衝撃を与えた個性的かつ静寂を描いた筆の跡、この界隈では現在彼の新作を求める声がやまない。金持ちの蒐集家は莫大な値段で次々と彼の絵を買い取って行く。しかし人々の中心にいるのは二十歳そこそこのあどけなさをのこす青年だった。つり上がった赤い目をして、ああだこうだと芸術論を交わす人々を笑っている。赤のシャツに黒のレザーパンツ。脱ぎかけのヒール靴の隣には空いたウイスキーの瓶、彼は取り巻きにもっと酒を買ってこいと札束を投げつけた。


「ふうん白骨画家とは考えたものだな。確かにあの人から無駄な肉を削ぎ落としたのはおれだけどね、いまではもう骨も透けてきそうな……まあ、あれはある種生まれついた才能だが」


 そうして青年は足を組んで、オイルライターでくわえ煙草に火をつけた。ふう、と隣の女装家に煙を吹きかけて、それに彼がむせ込むのをみて声を立てて笑った。


「おれはね、別に一生絵を描きたいわけじゃないんだよ、これも一種の暇つぶし。ただあまりに兄さんが暇そうにしているから少し遊んでやっただけだ」


 ***


 高級住宅街に土砂降りの雨が降る。干しっぱなしの洗濯物は表に出されたまま、それをリビングの赤いカーテンの隙間から外を覗く人影があった。

 秋の終わり、今日は朝から気温が上がらないため室内も冷えていた。長い髪に黒の着物を引きずって、袖から覗く手首は白くあまりに細すぎる。大きな目に身体に比べれば痩せこけてはいないが、造りの美しい人形のような顔。しかし顔から下は比較するとあまりに痩せすぎていて骨格標本と言われても信用してしまいそう。一本一本数えられる皮膚の下の骨格、それもこれもかの弟の加虐的支配のたまものである。


「大島さん、おられませんか」


 彼は洗濯物が気になって家政婦を呼ぶ。しかしこんな雨の中大島は買い物にも行っているのかその返事は聞こえることがなかった。洗濯物なら自分で取りに行けば良い、しかし食事をろくにとってもおらず体力のない病弱な青年は、庭に出ることも禁じられていた。日々、部屋から出て来るだけでも立ちくらみがして息が切れる。女性と見まごうその姿もこの頃ではほぼ自分の部屋からも出ない日が続いていて、日に当たらないせいか青ざめるほどに白い肌をしていた。

 彼、真木静加(まきしずか)は昨晩から熱を出していて横になって半日、雨の音で目を覚ました。この家には他に誰もいないようで、ふらつきながらグラスにピッチャーから氷水を注ぐ。渇いた喉に染み渡る、日々この決められた量の水だけが飲んでも良いと許されていた。甘いジュースやアルコールの類いを彼は飲むことを許されてはいない。水分不足でかさついたくちびるが少し潤った、熱を出してひどく寝汗をかいたからだろう。

 静加が寝込んでいても誰も医師は呼ばない。この姿を見たら即座に入院させられてしまう、それくらいの体調だったからだ。太ったら価値がない、そう言われ続けた彼の人生は高校卒業後自宅に引きこもりの日々が続いている。元々痩せた身体をしていた、華奢な骨格もあるのだろう。黒の着物はかの人の趣味、それを乱れはだけさせてモデルにすることは、どこか見た者の罪悪感を刺激する。

 彼の実弟は白骨画家、大河詩情こと真木泰我(まきたいが)。今日も彼は帰宅する様子はない。


「ケホ、ゴホッ!、コフッ……」


 咳こんでいると眩暈がしたせいで静加はぐらりと揺らいで壁に寄りかかり目を閉じる。近頃の静加は日中の食事は許可されていなかったので朝に果物と夜に野菜類を一皿。その病的な食事量も全て泰我が決めたものだった。兄をいかに太らせてなるものか、その執念がそこには見える。体重計には一日何度も乗せられて、前日より痩せていると彼は静加を褒めた。褒められて悪い気持ちはしないものの、一方では重い貧血と体力不足に悩まされている日々が続いている。時期関係なく風邪もひきやすく、今日も熱はまだ微妙に残っていて胸は痛み、時折咳き込んではその場に座り込んだ。

 通常の生活を送るためならここまで痩せる必要はない。しかし生活力のない静加は、現在最も勢いの良い評判の画家である泰我に頼ることしかできなかった。静加の幼い頃からの病弱な体質で、さらにこの生活だから年を経るごとに起き上がるのも困難になり孤独な彼には友人もいない。

 友人と言えば高校時代、静加は同級生の男子生徒につきまとわれたことがあった。ただ彼が友人になりたいのかと静加は心を許したが、彼は静加に対して性的な情を寄せていただけだった。誰もいない教室に連れ込まれては力の強さでは敵わない静加を押し倒す。拒絶したいが、こんなことをされているとは誰にも言いようがない。その頃はまだ骨格もここまで浮いてはいなかったが、白い皮膚はそのままで首筋に内出血の痕があるのを、泰我が目ざとく見つけて問いただす。


「兄さんに触れたものがいたんだね?」

「いや、その……彼だって本気じゃないんだよ。きっとただふざけただけで」

「汚いなぁ、悪ふざけにも限度がある。許せないね……憎たらしい」


 当時の泰我は中学生。髪を真っ赤に染めてろくに学校には通わず、しかしカリスマじみた個性で独自のコミュニティには所属していて、彼の声で集まる友人は多かった。その人脈を使い、泰我は静加の高校の正門前で待ち伏せをした。彼らの派手な様相は生徒をざわつかせて、静加と件の友人をとりかこんだ。周りには遠目ながら何が起こるのかと野次馬根性を出した高校の生徒達であふれていた。


「や、やめてよ、泰我……」

「はじめまして。お前が兄さんを汚したのかい」


 友人は辺りを囲まれて息を飲んで後ずさりをした。しかし泰我の仲間である体格の良い男が彼の肩をつかんで逃がさない。泰我の目は狂気を含み、一切笑ってはいなかった。


「な……何のことだ、しらな……グッ!」


 その光景を誰もが止める間もなかった。泰我の手が、友人の首をギリギリと絞めている。悲鳴を上げた静加は慌てて止めようとするも、泰我の仲間に拘束されて口を塞がれて、ただ友人が呼吸困難になり泡を吹いているのを見ていることしかできない。その事態に気がついて、慌て駆けつけた教師も泰我の狂気に言葉を失っていた。それでも泰我はなんとか取り押さえられて彼も幸い死に至ることはなかったが、だらりと力が抜けて白目をむいて倒れこんだ友人は、その日から学校に来ることはなかった。

 この騒ぎで住宅街の住人は真木の家に近寄ることはしなくなった。それからは年中一切来客もなく、セールスの電話すらも鳴らない。泰我の悪評はそれくらいこの街に知れ渡っていたのだろう。しかしやがて中学卒業後に通った高校を泰我は一ヶ月で辞めてしまった。教師に腹を立てて暴力を振るったのが原因らしい。暇を持て余した泰我は頻繁に寝込んでいる静加のそばにやって来ては、スケッチブックに絵を描いている。

 彼は幼い頃から絵だけは得意だったのだ、勉強などろくにせずスケッチブックと鉛筆を大事に握りしめている子供だった。兄として寄り添っていた静加は、その姿を微笑ましいと眺めていたが、当時はその後自分が本格的にモデルに使われるようになるとは思ってもいなかった。

 やがて静加が高校三年生になった年、当時美術学校に在学中だった泰我の絵が界隈で少しずつ評判になり、真木泰我は画家、大河詩情としてやがて国内外から注目を浴びることになる。


 ***


「ねえ兄さん、そのシャツ脱いでよ」


 ある日、突然のその言葉に静加は何事かと立ち尽くす。梅雨の時期、頭痛や倦怠感に悩まされて静加が寝込みがちの時季だった。休日だというのに出かけることもなく寝込んでいた兄の部屋にやって来てその言葉を告げた泰我。部屋の鍵を閉めて、窓のカーテンも閉める。静加は戸惑いその本意を確かめようとするが、泰我は半ばにらみつけるような視線を静加に向けて何も言わなかった。


「泰我?」

「今度新宿で画展があってね、おれも新作をって思うんだけど良いアイデアが浮かばない。アイデアのない日はいつも一番好きなものを描くようにしているんだ。だから今日は兄さんを描きたい、その薄い身体をデッサンしたいんだよ」


 突然の言葉に戸惑う静加を泰我は突き飛ばしベッドに押し倒す。そして乱暴にシャツを剥ぎ取り、白い肌は露わになった。


「へえ痩せているように見えるけど、まだ骨格はそれほど浮いていないんだね」

「た、泰我、なに……」

「おや、怖いの? 心外だなあ、別におれいじめているわけじゃないのに。でも、その怯えた顔も悪くないね」


 脱がせたシャツで泰我は静加の後ろで両手首を拘束した。ベッドのうえで横たわった静加は身動きすらも許されない。


「綺麗だ、兄さん喜んで、大河詩情の筆が進みそうだよ。この絵でおれは世間の結果を出してみせる、だから兄さんも協力してね。あんたを描いて良いのはこの世で唯一おれだけなのだからね」


 そして泰我はケタケタと笑い声を上げる。その日から長く静加に対する狂気じみた飼育が始まったのだ。


 ***


「ハァ、ハッ……う、うう」

「苦しいの? 余分なものを流してしまうためなんだよ。ほらあと十分、汗を流して身体を絞って」

「あつ、熱い……あつい、くるし……」

「汗を随分かいているからね、これで余計な水分は大分流しきったかな」


 熱い湯をはった浴槽に浸からされて、静加は朦朧としながら滝のような汗をかいている。朝から何も食べさせられず、浴室に閉じ込められて二時間がたった。泰我がどこからかもらってきた無数の真っ赤な薔薇の花びらの浮かぶ浴槽で、湯の熱さに静加の意識が朦朧とすると途端に冷水を掛けられ覚醒を促される。

 この行為は毎週数回におよび、半ばある種の儀式のようになっていた。それは静加が湯あたりして意識を失うまで続けられる、汗をかくから水分は抜け体重は減って行くが、その分静加の負担は重い。そして浴室から出してもらえる頃になっても、水分はたったコップ一杯しかとることが許されなかった。

 静加は喉の渇きも十分には癒やせずに、立ち上がることも出来なくなって脱衣所の床に転がり、一方で見せつけるようにブルーサイダーを瓶で飲む泰我を、じっと見つめていることしかできなかった。


「ねえ、ご両親はなんて言っているの?」


 それは静加が学校であまりにも痩せてしまった理由を、担任教師が問いただしているときだった。学校も休みがちになりこのままでは留年も近づいている。しかし登校するたびに静加の顔色は悪く、制服姿からでも骨格がよくわかるほど痩せ細った体型に周りが気がつかないわけじゃなかった。


「父親の会社の海外勤務に母はついて行きました。だから最近は帰って来ていません」

「じゃあ弟さんと二人……絵のモデルと言っても、そんなに痩せる必要はないじゃないの」 

「同意の上でのことです、全て自己責任とはわかっています」


 その言葉には多数の嘘が含まれていた。両親は確かに海外にいるが、すでに仕事は退職している。それは家庭内で癇癪を起こしひどく暴れることの多い泰我から逃げるためだった。高校生と言う理由をつかい、学校に行くために身動き取れない静加を餌にしてこの家を捨てて姿を消したのだ。

 資産家の家系、両親の逃げたいまでも財産のある家で生活には困らず家政婦もいたが、基本財産の全ては泰我が管理していて、静加には何も言えることはなかった。ただ泰我の言うとおりに決まりを守って暮らしているだけ、痩せるために食事を減らし汗をかかせる。

 また、それ以上のことだって泰我はさらに静加を痩せさせるためにはなんでもやった。そのおかげで元々の低体重はさらに減ってそろそろ思春期前の女子中学生よりも軽くなる頃。痩せるほどに軽くなることわりは、まるで天使の領域だと、泰我は嬉々としてやつれた静加の絵を描いている。

 過度のフェチシズム、のちのいわゆる白骨画家が生まれたのは、この頃のことがきっかけだった。

 しかしいくら誰から痩せ褒め称えられても、静加の心は空白で、全ての言葉はどこかぼんやりとして届かない。

 結局、高校三年生は留年してしまった。泰我はしつこく退学を勧めたが、二十四時間泰我のそばにいる生活には堪えられない。そこにはうっすらとした危機感とそう遠くない死の光景が見えていたから。

 二回目の三年生。教室では受験勉強にいそしむ同級生が増えていたが、さすがにそこまでの気力はない。具合の悪い静加に担任はなにかと声を掛けてきたものの、静加は大丈夫を繰り返した。しかし体育の授業で倒れることも多く見学することも多くなり、栄養不足で頭が回らず授業について行くのも精一杯。しかしその頃家では泰我が不良仲間を呼び寄せて、朝晩構わず騒ぎ立てていた。おかげで静加は家に帰っても静かに眠ることも出来ないで心が安まる時間がない。

 誰にも何も言えなかった、この悪夢の様な日々の連鎖を。まだ助けを求める猶予はあったものの、しかしそれを泰我は許さない。ただ、食事に関しては登校してしまえば朝から晩までは泰我の目はないから多少自由に口にすることは可能だった。飲み物も喉が潤うまで飲むことは出来る。

 そうして静加は命をつないでいたのだが、泰我はこの頃体重の減りの進まない彼をいぶかしんで、あるとき強く責め立てた。来客のいる中、泰我は部屋の鍵を閉めて、静加を壁際まで追い詰める。


「モデルは画家のためにいるんだよ。それを醜く太ってまで生き残ろうだなんて、まさか思ってはいないよね?」

「お、おも、思ってません」

「本当かなあ、その言葉に多少の嘘も含まれていないと自信をもって言えるの?」

「あ……」

「ク、兄さん、甘いよ、僕を騙そうだなんて」


 リビングでは、宴会でも開かれているかのように下品な男達の笑い声が響いている。その異常な家庭内で、その日から何があっても外に出ることも許されず、静加は自室に閉じ込められて一層厳しく管理された日々を送ることになる。


 ***


「大河詩情の新作だって、ああ、今度は一層攻めてきたようじゃないか」

「このモデルはさらに痩せたんじゃあないのか。こんな身体でよく生きているものだね」

「どうせフィクションだろう?」

「いや、大河詩情は嘘を描かない」


 大河詩情が現れて数年がたっていた。その頃は彼の人気は安定たもの。熱狂的なファンが集う絵画展では彼の最新作の話題で持ちきりになっていた。蒼白の冬の明け方を思わせる部屋で、長く何かを求めるように伸ばされた白い手と数えられる肋骨のリアルさと言えば、以前は幻想的でどこか甘い印象を残していた彼の絵とは違い、一気に薄暗くリアル寄りを極めて限界まで痩せたモデルの詳細を描く。しかしそれでもふんわりと色気の残っていたかつての彼の筆遣いも見え、世間はそれを大河詩情の新境地でもあるとした。

 芸術雑誌の記者が何社も彼にインタビューを申し込む。謎の多い大河詩情の本当の所を探ろうと言うのだ。暇つぶしの余興にと相手をすることにして質問に答える泰我だったが、その陳腐さやオブラートに包まれたいやらしい質問ばかりに答えることが面倒になってしまって、半ば適当な答えを返したため、世間はさらにその謎を深める。彼が独自のファッションへのこだわりが強くなったのもこの頃で、貴金属は若いながらも高級ブランドのものしか身につけない。それでも余って仕方のない程の財産はあった。泰我はこうしてますます浮世離れした存在に成り果てる。

 一方の静加は結局高校に通うことすら困難なほど体力を失った挙げ句、卒業をあきらめ中退して以後は屋敷内から出ることが許されなかった。静加に痩せることを強いた泰我だったが、求めるものは運動して筋肉をつけて引き締められた身体ではない。無駄な肉を失ったぞっとするほどに細すぎるほどの骨と皮。そして人形染みた美しい顔、ただそれだけをしつこく求めていたのだ。

 両親とともに暮らしていた頃から家政婦の大島は泰我の静加に対するその仕打ちをみていた。静加を幼い頃から知っているため、痩せ果てて寝たきりにも近い生活を時に涙を浮かべながら。しかし目を盗んで握り飯の一つすら与えようものなら、大島自身、泰我に何をされるかわからない。二人きりになった時の会話はなかったが、せめてもと静加が度々貧血で意識を失い転倒した際には、負った傷痕を見つけてはただ優しく薬を塗ってくれた。骨と皮の身体に、嘆き震えるため息を繰り返しながら。


「お、大島さん……野菜は太りませんか?」


 その日、酷く怯えた様子で食卓についた静加が大島に問う。泰我は留守だ、彼の命じたとおりの献立が静加の元へと出される。献立と言っても塩を振られた生野菜がプレートに載せられただけの、酷く質素なものであったが。


「いえ、この程度じゃ太るどこか……」

「たった数グラムでも体重が増えたら泰我に怒られてしまいますから」

「静加さま……」


 この頃では泰我は常に酒を飲みながら絵を描いている。泥酔した彼は時に暴力的で、静加に対しても気に入らないところがあると容赦なくその頬を叩くなど、危害を加えることが多々あった。畏縮しきった静加はこの多少の食事だけでも遠慮するようになり、この少ない食事すら口に出来ない日々が続いていた。

 その日もまた、明け方まで飲み歩いて酒臭い息を吐きながら帰宅した泰我はノックもせずに静加の部屋のドアを乱暴に開けた。


「た、泰我……」

「よう、なんだよ良い気分で寝やがって。お前は毎日暇で良いよなあ!」

「……」

「おれは仕事に追われていてさ、しかし……なんだか、お前太った気がするんだけど?」

「食べてない、僕は決められた分しか」

「じゃあその寝間着脱いでみろ、骨が前よりも浮いてなかったらしばらく絶食させてやるからな」


 静加が自ら寝間着である青い浴衣の帯を外す前に、泰我が胸元を乱暴に引き破った。その胸は見事に骨格が浮いている。露わになると以前と変わらずむしろすすんだ。あまりに病的といえるほどの細さが。


「ふうん、綺麗だ。でもそうして痩せていることでしかあんたの価値はないんだ、覚えておけよな、兄さん」


 窓の外は白い雪が降っている。部屋の隅の石油ストーブがじりじりと部屋を暖めているが、静加の身体は栄養不足に冷え切ってただ小さく震えていた。そっと彼の胸元に頬を寄せた泰我が静加の心臓の音を聞いている。彼は静加をベッドの上に押し倒し、やがて皮膚の向こうから聞こえるその音を子守歌代わりに聴きながらいびきをかいて眠りだした。そう、こうしていることしか許されないのだ。歪んだ実の弟の性癖に狂わされて、今後すら見えない静加のむなしい人生は……。


 ***


 そんな日々に変化が訪れたのは冬を越えた翌年の春だった。日々遊び歩いて女性をとっかえひっかえに、しかしそれでも静加だけは放さなかった泰我の遺体が付き合いのあった女性の一人と早朝に川からあがる。当初芸術家の勢いに任せた気まぐれな無理心中だと思われたが、真実は泰我の仕事のマネージャーをしていた男性に意識が無くなるほど酔わされて、女性とともに川に突き落とされたらしい。男性は財産を大方奪って逃走し、現在も見つかっていない。

 突如訪れた現実を信じられずに呆然とする静加、残ったのはひどく痩せ衰えた自身の身体と、泰我が自宅に遺していた数点の絵画だけだった。

(つづく)